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ラングリッツの歴史
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Langlitz History
ラングリッツ・レザーズの歴史と創業者ロス・ラングリッツ

ラングリッツ・レザーズは、創造力とひたむきなパワーをもって黄金時代を築き上げた戦後のアメリカ史、そのものと言えるでしょう。
創業者のロス・ラングリッツは1918年アイダホ州プリマウスに生まれ、17歳の時にバイク事故で右足を失いますが、その後義足で数々のレースに参戦し’38年から’54年までの17年間で47個のトロフィーを獲得します。戦後アリゾナのハーレー・ショップでメカニックを務めるなど根っからのバイク好きで、西海岸でも指折りの歴史を持つ「フライング15MC」のプレジデントを務めるなど、オレゴン界隈ではちょっとした“顔役”でした。 第二次世界大戦中に軍用グローブ工場で裁断と縫製技術を学び、戦後まもない’46年頃から自宅の地下室でまず自分用、そして家族や友人にモーターサイクル・ジャケットの製作を始めています。

創業は1947年。『The Leather Garment Shop』という小さなショップをオープンし、1947年〜1949年までの3年間は『Speedway Togs』というブランド名で、’50年以降は『Langlitz Leathers』と社名・ブランド名を統一し現在に至っています。その影には若くしてバイク事故で右足を失い、ハンディキャップを背負う中でひたすら作業台の前で裁断、縫製する彼自身の背景がありました。バイク乗りであるがゆえの情熱と執念を革ジャンに注ぎ込んだのです。“キャスケード”や“ウェスタン”など、ライバル・ブランドに先駆けて発表した革命的デザインで、米バイク史にイノベータ―的な偉業を多く残しています。ラングリッツの革ジャンに今なお強烈な個性を感じるのは、まさに彼のDNAが色濃く残った結果といえるでしょう。その情熱と執念こそがラングリッツというブランドを現在のポジションまで高めてきました。偉大な人間ほど職人肌の苦労人であることは、ロス・ラングリッツのケースにおいても例外ではなかったわけです。

オフィスは自然豊かなオレゴン州ポートランドから出たことは一度もなく、現在の小さな本社兼工場にも60年代当時から変わることのない“古き良きアメリカ”の匂いをそのまま留めています。ラングリッツ製品から漂うあの独特な匂いは、今となっては大変珍しい“アメリカの匂い”といえるでしょう。勿論長い年月の間にタグの変更から細かい縫製の仕方まで、時代ごとに様々な変化と進化を経ています。幸いなことはその遍歴が詳細に残っていることで、結果、“知れば知るほど”ラングリッツ特有の魅力に引き込まれます。そして、小さなカスタム・メイド・ショップゆえの“融通の効いた細かい仕事ぶり”が徐々に『ラングリッツ』の名を世に知らしめるようになっていきます。

’71年に現オーナーのジャッキー・ラングリッツ・ハンセンがスタッフとなったあたりからは、既に西海岸を中心にかなりのオーダーを抱えるようになり、さらに国際的なオーダーが急増したのは、ジャッキーの夫であり、現ジェネラル・マネージャーのデイヴ・ハンセンが経営に加わりジャッキーが二代目オーナーとなった80年代中期以降になります。そして、“MADE IN U.S.A.”な時代が終焉した90年代以降はキング・オブ・レザーの評価を誰もが認める状況となります。1日6着、という少量生産の中で安定した経営とクオリティーが維持できている事は、昨今のアパレル業界において“奇跡的状況”といえるでしょう。この成功背景にはオレゴンというオールド・スクールな土壌があったこと、そして何よりジャッキーを中心としたラングリッツ家の強い絆がブランドの消滅を防いできたことが挙げられます。それは、半世紀以上の歴史が培ったラングリッツ流DNAがなせる業。そして、ラングリッツ社製ジャケットを羽織った時に感じる重量感とオーラはラングリッツ社のそしてアメリカの輝かしい歴史を羽織っているからにほかなりません。
1952年製のMODELKに乗るロス・ラングリッツ
1952年製のMODELKに乗るロス・ラングリッツ
1947年製のスピードウェイ・トッグスのタグが付いた最初期のコロンビア。
1947年製のスピードウェイ・トッグスのタグが付いた最初期のコロンビア。
1950年代後半、ショップ前に立つロス・ラングリッツ。
1950年代後半、ショップ前に立つロス・ラングリッツ。
大男からのオーダー。50年代初期。
大男からのオーダー。50年代初期。
40年代後半より地元ポリスにもレザー・ジャケットを供給している。
40年代後半より地元ポリスにもレザー・ジャケットを供給している。